Music

80

Bailamos ~Tonight we dance~<'99.11.17>

COMPOSED BY PAUL BARRY/MARK TAYLOR 日本語詞:根津 洋子/編曲:門倉 聡

ポリドール移籍第1弾、通算80枚目。全世界で1500万枚を売り上げた、スペインの人気歌手エンリケ・イグレシアスのカバー曲。エンリケはフリオ・イグレシアスの二男で、'89年に父フリオの曲「33才」もカバーしており、その縁もあって日本でHIDEKIがカバーする事になった。  スパニッシュギターの哀愁ある音色が前面に引き出され、アップテンポでラテン調のリズムに仕上がっている。「バイラモス」とはスペイン語で“踊ろう”という意味で、男と女の愛をテーマに、大人が忘れかけている、とろけるような男くささを、よりセクシーに歌い上げている。 日本語の詞もかなり妖艶なエロティズムの世界をうまく表現しており、ひとつの世界を作り出している。
79

ターンAターン<'99.5.26>

作詞:井荻 麟/作曲:小林 亜星/編曲:矢田 部正

オリコン初登場27位!!アニメ「∀ガンダム」主題歌のこの曲は、'99年2月の劇場版「寺内貫太郎一家」公演の際、小林亜星さんからの熱烈なラヴコールを受けて実現したもの。  お互い本業が音楽家という事で、メーカーの壁を越えスムーズに作業は進んだ。実は本格的な音楽での共演はこれが初めてである。ガンダムのパイロットになりきって作ったという小林亜星さんのメロディーラインに、往年のアニメ作曲家としてのセンスを感じ取った秀樹もガンダムのビデオを借り、予備知識を持ってレコーディングに臨んだ。  ホーメイや女性のスキャットを入れるなどで、時空間的神秘さをうまく表現していたり、ドラムの5連を随所に盛り込み、戦闘シーンのイメージをよりアップさせているサウンドが特徴的。久々に本物のアニメソングが完成した。歌は勿論『秀樹節』の極致である。
78

最後の愛<'99.4.13>

作詞:安部 純  作曲:平 義隆  編曲:武藤 星児

4月13日西城のバースデーに発売される、メモリアルソング。流行を一切無視した王道を行くバラードである。哀愁のあるメロディーと美しいストリングスの旋律が、西城の力強いボーカルをより引き立てている、78枚目のシングル。
77

2Rから始めよう<'98.5.21>

作詞:松任谷由実  作曲:松任谷由実  編曲:川口講一・松任谷正隆

西城秀樹とユーミンという長く唄ってきた者同士の「シンパシー」が合体して一つの作品が出来上がった。ユーミンがイメージするヒデキの世界と、予定どうりのリアリティーで唄ったヒデキのボーカルがみごとなマッチングをみせている。  尚カップリングは松任谷夫妻の意見により、88年の名曲「リフレインが叫んでる」。又、作詞作曲 松任谷由実でクレジットされるのも異例のことである。
76

moment<'97.8.6>

作詞:松井五郎 作曲:YOSHIKI 編曲:YOSHIKI

元「X JAPAN」のYOSHIKIが全面的にバックアップしたこの曲は、ロサンゼルスの彼のスタジオでレコーディングされた。西城をイメージして作られた楽曲はストリングスをふんだんに使ったラヴバラード。7月から9月の間、CX系「HEY! HEY! HEY! MUSIC CHAMP」エンディングテーマにもなった。 時代を超えた2大アーティストの共演は、必見もの!尚、ロサンゼルスで撮影されたプロモーションビデオでは、西城とYOSHIKIの共演も見られる。
75

パラサイト・ラヴ<'96.12.18>

作詞:サンプラザ中野 作曲:白石紗澄李 編曲:白石紗澄李/鈴木雅也

作詞のサンプラザ中野はこの詞を猿岩石をロンドンまで迎えに行った帰りの飛行機の中で書いたという事だった。CDジャケットは浦和市民会館の客席で撮影されたもの。衣裳はまっくの私服である。
74

round'n'round<'96.6.5>

作詞・作曲:白石紗澄李 編曲:白石紗澄李/鈴木雅也

CDジャケットは石膏で型を取った顔と腕に、光を通す特殊なアクリルの液体を流し込んで製作された。また、楽曲はこの年話題を呼んだD・LIVE『ROCK TO THE FUTURE』からの先行シングルカット。このD・LIVE(オリジナルロックミュージカル)は、HIDEKIが60才という設定で、20年後の西城家の物語である。
73

心の扉<'95.11.22>

作詞:荒木とよひさ 作曲:浜 圭介 編曲:芳野藤丸

日本テレビ『江戸の用心棒Ⅱ』の主題歌。主演の高橋英樹とWヒデキ。アダルト歌謡路線で時代劇=演歌のイメージを破りたいとのオファーで実現。暮れのNHK『紅白歌合戦』では、2年連続で「ヤングマン」を歌う。これは、神戸の皆さんから「元気づけられたので是非」ということで実現した。ワインカラーのコートの下に同色のレザーとニットの衣裳は前年のロープで空中から降りてきたオープニングと同様に印象的であった。
72

愛が止まらない<'95.6.7>

作詞・作曲:STOCK-AITKEN-WATERMAN 日本語詞:及川眠子 編曲:芳野藤丸

ノエビア化粧品のCMイメージソング。WINKのカバー。この年、'72年から'79年までにリリースされたアルバムをCD化しボックスとして発売した。コンサートは『OPEN MIND』と名付けヒット曲を中心に繰り広げられた。また、この年の8月サザンオールスターズのコンサートにゲストとして出演、HIDEKIが他のアーチストのコンサートにゲスト出演するのは初めての事だったが、8万人の「YMCA」は圧巻であった。
71

黄昏よ、そばにいて/みんなBluesを唄ってた<'95.1.21>

作詞:荒木とよひさ 作曲:浜 圭介 編曲:今泉敏郎

40才になったら石原裕次郎のような歌を唄いたい。ということでプロデューサーに境 弘邦を迎え、実現した楽曲。アダルトな歌謡曲は有線放送で話題に。 またこの頃、阪神大震災の被災者のために数度神戸に足を運ぶ。 自伝的エッセイ『のどもと過ぎれば…』が産經新聞で連載される。
70

SAY YEA', JAN-GO/女神が微笑む時<'94.2.23>

作詞:坂田和子 作曲:井上大輔 編曲:杉山卓夫

元広島のJリーグ・チーム サンフレッチェ広島の応援歌。広島のサンフレッチェ広島のホームグランドで撮影されたもの。なんとこの年、サンフレッチェ広島はリーグ優勝した。コスチュームは、オフィシャルのものをチームが用意してくれた。 また、「女神~」も地元出身の吉田拓郎の作曲。そして、この年ミュージカル『ラヴ』の公演が行なわれる。宝塚歌劇団出身の鳳蘭、劇団四季出身の市村正親と各界のトップスターの競演ということで話題に。 9月には国立競技場で『アジア大会』の聖火ランナーを務め、閉会式では詩を朗読した。
69

いくつもの星が流れ<'93.11.21>

作詞・作曲:文田博資 編曲:芳野藤丸

この年の3月一早く『STOP AIDS CONCERT』を横浜で開催。出演・プロデュースした。HIDEKIの呼び掛けでもんたよしのり、寺田恵子、沢田知可子、男闘呼組やアメリカでやはりエイズ撲滅活動を行なっているディオンヌ・ワーウィックなど多数のアーチストが参加した。カップリングの「LOVE SONGを永遠に」は、このテーマソングでイベントに参加できなかった野口五郎の書き下ろし。
68

ブーメラン ストレート<'92.11.21>

作詞:阿久 悠/T'S PARTY 作曲:三木たかし/多々納好夫 編曲:池田大介

CDシングルのジャケットは上野の動物園の裏門。原作「ブーメラン ストリート」がロンドンでの撮影だったので雰囲気を近づけた。カメラマンは杉山芳明。この楽曲は野口五郎との友情関係からお互いに自分の楽曲をパロッて今風にアレンジしようとの約束からリリースされたもの。ちなみに野口五郎は「私鉄沿線」のパロディで「JR沿線」というタイトルで出す予定だった。また、この年は半年間テレビ東京で『徳川無頼帳』という時代劇の主演を務めた。
67

もういちど<'91.11.21>

作詞:沢ちひろ 作曲:栗林誠一郎 編曲:池田大介

ハウス食品 うまいっしょというラーメンのCMソング。目だけのアップのジャケットが印象的。早稲田大学で、デビューして初めて学園祭に出演。場内の気温が40度を超える熱狂のステージ。この頃からロックアーチストの憧れのスターNo.1といわれるようになる。また、新歌舞伎座公演も3年目を迎え時代劇も板に付いて来た。
66

走れ正直者<'91.4.21>

作詞:さくらももこ 作曲・編曲:織田哲郎

フジテレビ系の人気アニメ『ちびまる子ちゃん』のエンディングテーマ。漫画家さくらももこ のたっての希望で実現した。ジャケットも完璧に70年代の世界をパロディ化したもの。てらいなく"任"をまっとうしたHIDEKIに拍手の嵐。なおこの曲はテレビではフジテレビ系 山田邦子の『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』でレギュラー陣がコスプレで登場した時のみであった。この年のコンサートでは『FRONTIER ROAD』というタイトルでアルバムの曲や20周年の原点であるロック(ローリング・ストーンズ、ボンジョヴィ)を中心に構成された。また、広島で『アジア音楽祭』を初プロデュース、趙容弼(チョー・ヨンピル)など各国からトップアーチストを招聘した。この頃から衣裳は金川芳子になる。
65

Rock Your Fire<'91.3.25>

作詞:サエキけんぞう 作曲・編曲:織田哲郎

ビーイングの長戸大幸からプロデュースしたいとのオファーを受けロッカー西城秀樹を前面に出したアルバム『MAD DOG』からのシングルカット。織田哲郎は、昔、実家から、もう音楽活動を止めて返って来いといわれてた時があったのだそうだが、NHK『レッツゴーヤング』でHIDEKIが彼の曲をカバーして歌っているのを実家の人が見て「あんな有名な人がお前の曲を歌ってくれるのならもう少しガンバレ」といわれて今があるとレコーディングの時に話したエピソードがある。自分のアルバム制作を途中でストップして楽曲を提供してくれた。ちなみにアルバムの中で「君の男」を提供してくれた当時 ユニコーンの奥田民生はHIDEKIの小学校(尾長小学校)の後輩で、HIDEKIが母校に『明星』の取材で訪れた時、後でピースマークを出して一緒に写ったそうだ。
64

SHAKE MY DAY<'90.7.21>

作詞・作曲:S. POTAWERS-F. ZAFEST-D. SION 編曲:鷺巣詩郎 訳詞:松本一起

CDシングルのジャケットは、ASA1000という普通のネガフィルムの10倍の高感度ネガフィルムを使用して反転させ、ポジのように使った。また、ジャケットのネーム表示が西城秀樹から"saijo '90s"に。既成概念で見て欲しくないという主張が見れる。 趣味のスキューバダイビングを兼ねてフィリピンに行く。 この頃から時計に興味を覚えブルガリ、ローレックス、スウォッチなど集め出す。